香港基本法の基本事項について、整理しておきたいと思います。
1. 香港基本法とは?
- 「中華人民共和国香港特別行政区基本法」(香港基本法)は、香港の小憲法とも言われ、中央政府と香港政府の権限、政治体制、基本的人権など「一国二制度」の基本的枠組みについて規定しています。
- 1990年4月に公布され、1997年7月1日の香港の中国への返還にともなって施行されました。
- 9章、106カ条からなる全文及び3つの付属文書から構成されています。
図.香港基本法の構成
2. 香港基本法の成立プロセス
【英国による植民地支配】
中国の前身の清国は、アヘン戦争とアロー戦争という2度にわたる英国との戦争で、香港島と九龍半島を英国に割譲しました。さらに、1989年の「新界租借条約」により、新界が99年の期限付きで英国に租借されることになりました。
【返還準備と起草作業】
1984年に中英交渉が妥結し、香港の1997年の返還が決まり、1985年から中国政府は基本法の起草作業を始めました。基本法起草委員会のメンバーは、中国側36名、香港側23名の計59名で構成され、香港側には民主派の李柱銘、司徒華、香港を代表する事業家の李嘉誠、作家で「明報」創始者の金庸らも含まれていました。
【成立・施行】
1990年4月4日、中国全国人民代表大会で香港基本法が採択されました。1997年7月1日の香港返還に伴い、香港基本法が施行されました。
3. 香港基本法はどのような内容か?
● 「一国二制度」の大枠
まず、第1条と第2条で、「一国二制度」の大枠を提示しています。
第1条で、領土としての「一国」を明記しています。
第2条で、香港に「高度の自治」を認めること、行政権、立法権、司法権・終審権を香港に授与することを規定しています。「二制度」の大枠です。ただし、あくまでも全人代が香港にそれらを授与するという構図です。
そして、第5条でいわゆる「50年不変」を明記しています。
社会主義と資本主義という区別は、今となってはやや懐かしい感じですが・・・。いずれにしても、香港の資本主義制度と生活方式を1997年から50年間、すなわち、2047年まで維持すると記しています。
けれども、50年間維持した後のことには触れていません。いわゆる「2047年問題」です。基本法は、2047年以降のことを何も保証していないので、香港の人たちは不安になっているわけです。
上述の通り第5条の表現は抽象的なので、資本主義制度とは何か?社会主義制度とは何か?ということがいずれまた問題になりそうですね。
さらに第22条は、中国側の香港事務への干渉禁止についても定めています。
第22条の解釈については、今年4月に動きがありました。
4月17日、国務院香港マカオ事務弁公室と中央駐香港連絡弁公室(中聯弁)は声明で、両弁公室は第22条が規定する「各部門」には含まれず、中央政府を代表して香港の事務に干渉する権利があると主張しました。そして、キャリー・ラム行政長官は21日、「中国政府の出先機関は香港事務への発言権を持っている」と述べ、この見解を受け入れました。
● 中央の権限
香港は、通貨発行、独立した財政・税関、独自の社会福祉制度など、国家並みの権限を有していますが、「外交」と「防衛」については中央が責任を負うことになっています。
(中略)中央人民政府は本法に基づき関係のある対外事務を自ら処理する権限を香港特別行政区に授与する。
第13条で、中央政府が香港の外交事務を管理するとありますが、中央がすべての外交の権限をにぎっているわけではありません。経済、貿易、金融、海運、観光、文化、スポーツなどの分野において、香港は、独自に世界各国、各地域及び国際機構との関係を維持し、協定を締結・履行することができます。
香港特別行政区政府は香港特別行政区の社会治安を維持する責任を負う。
第14条で、防衛の責任は中央政府にあること、一方で、香港内の治安維持の責任は香港政府にあると規定しています。
また、香港政府の主要メンバーの任命権は、中央政府が握っています。行政トップの行政長官、政務・財政・法務の三長官、各局の局長、汚職取り締まり署の長、会計検査署長、警務処長、入境事務処長、税関長は、中央政府により任命されることになっています。
香港行政のトップである行政長官は、香港で選挙によって選出されるわけですが、任命権は中央にあります。もし香港で選出された行政長官を中央政府が受け入れなかった場合、どうなるのでしょうか?本件は、香港の民主化の本質的な矛盾の源であるとの指摘があります(倉田・張[2015])。
● 基本法の解釈・改定
基本法の解釈権や改定権は、基本的に中央政府が握っています。
第159条 本法の修正・改定権は全人代に属する。
解釈権は、全人代常務委員会に、修正・改定権は全人代に属します。
解釈権は、基本的に全人代常務委員会に属しますが、第158条第2項によれば、香港法院に解釈権の多くの部分が移譲されています。香港の自治範囲内の条項については、香港法院に解釈権が与えられています。一方、「中央が管理する事務」及び「中央と地方の関係」に関する条項については、(解釈が判決に影響する場合)最終判決前に、香港の終審法院が全人代常務委員会に解釈を要請しなければならないとあります。
全人代常務委員会による香港基本法の解釈権は、これまでに計5回行使されています。
<全人代常務委の香港基本法解釈>
- 1999年6月 居留権事件(22条4項、24条2項3号)
- 2004年4月 行政長官及び立法会の普通選挙(付属文書1の7条、付属文書2の3条)
- 2005年4月 行政長官の任期(53条2項)
- 2011年8月 コンゴ事件(13条1項、19条)
- 2016年11月 立法会議員宣誓事件(104条)
廣江(2018)は、全人代常務委の解釈権が行使された5回のケースを整理したうえで、香港基本法の解釈権について、次のように指摘しています。
1)第158条に規定される解釈要請主体は終審法院のみであるが、5回のうち3度も香港政府が全人代常務委に解釈を要請しており、それが慣行として確立しつつある。
2)2016年の立法会宣誓事件では、終審法院や香港政府の要請なしに、全人代常務委が独自に解釈を行った。つまり、香港側からの要請がなくとも、全人代常務委は自ら適宜香港基本法の解釈を行うことができる。
3)1999年の居留権事件のように、香港の「自治範囲内」ではないかとされる条文についても、全人代常務委は解釈を行ってきており、実質的に基本法の全条文に関して解釈権を持つ。
つまり、中央は、香港側からの要請がなくても、適宜、香港基本法の解釈を行い、その範囲も限定されないということのようです。
基本法の修正・改定については、第159条の第2項から第4項で具体的に規定しています。
修正・改定を提案できるのは、全人代常務委、国務院と香港側の3者ですが、香港側から提案する場合のみ具体的な手続きが記されています。いずれにしても、最終的な決定権は、あくまでも中央、全人代にあります。
*上記の基本法条文の日本語訳は、「香港ポスト」の日本語訳を主に参考にさせていただきました。
香港基本法の英文及び中文の全文はこちらです。
https://www.basiclaw.gov.hk/en/basiclawtext/
23条(国家安全)の問題については、別途整理したいと思います。
⇒ 香港基本法 その2