新型コロナ雑感 ③:新型コロナ対策の決定過程~防疫と経済・社会、そして政治~
緊急事態宣言が解除され、自粛要請が緩和されつつあります。政府の新型コロナ対策についてはさまざまな議論がありますが、今日は、新型コロナ対策の決定過程、すなわち、どのようなプロセスで対策を決定すべきか?について考えてみたいと思います。
防疫と経済・社会的影響のトレードオフ
新型コロナウイルスは感染症なので、第1に、防疫の観点から対策を考える必要があります。感染拡大をいかに防ぐか?ということです。ただし、防疫の観点からのみで対策を練れば、経済・社会活動が停滞します。
そこで、第2に、経済的あるいは社会的観点からの検討も必要です。外出規制や休業要請などの経済的影響、あるいは休校による教育への影響、文化施設を閉鎖しイベントをとりやめることによる文化への影響などもあわせて考える必要があるでしょう。
渡航制限や外出自粛などの防疫措置を強化すれば、社会的損失が大きくなり、少なくとも短期的には、両者は比較的単純なトレード・オフの関係にあるといえます。こちらを立てれば、あちらが立たずです。
(けれども、中長期的にはそれほど単純ではないでしょう。例えば、強力な措置を取ったことにより感染が短期間に収束するのであれば、経済活動の再開の時期も早くなり、中長期的な経済損失を低く抑えられるかもしれません。)
防疫と経済・社会的影響のトレード・オフの関係において、最適解をどのように見出せばよいのでしょうか?
客観的な最適解はない
失業率と自殺率の相関が高いことは知られていて、この点は考慮すべき重要なポイントのひとつとは言えると思います。また、自殺者だけでなく、経済状況が悪化することで社会が被る損害も甚大で、教育や文化の停滞は社会の基礎体力を脆弱にするでしょう。
しかし残念ながら、防疫の効果と経済・社会的損失を天秤にかけて最適解を導き出せるような理論はありません。防疫の効果を測る感染者数や死者数と、経済的損失を表す金額を同じ土俵の上で比較することはできないですし、ましてや教育や文化への影響を定量的に示すことは困難です。
経済状況が悪化すれば、感染による死者よりも多くの人が自殺するかもしれない、という言い方をする人がいますが、死者数を単純に比較するような話ではないでしょう。また、逆に、経済の論理で、感染者や死者を経済損失として金銭換算して比較するのも正しい方法とは思えません。
政治家の判断と専門家会議
誰もが納得するような客観的な最適解を提示することは難しいとすれば、どうしたらよいのでしょうか?
防疫の観点と、経済的・社会的損失の観点の両方を考慮したうえで、政治家が判断するしかないということではないでしょうか。日本では、中央・地方政府に対策本部が設置されています。
感染症対策は、専門性の高いテーマですので、政治家が判断する上では専門家の意見を参考にする必要があります。日本では、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」(いわゆる専門家会議)が前面に出ていて、専門家会議の見解がそのまま政府の対策としてアナウンスされているようにもみえます。
この点については、「専門家が公的に対策をお願いするのは本来おかしい」との意見があります。
(コロナ専門家会議の迷走、独立性なくあいまいな組織:日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58852670Y0A500C2000000/
一方で、専門家会議は、政府の対策に不満を持つ人々の批判の矢面に立っている面もあります。これについては、専門家会議への批判はお門違いであり、政治家から成る対策本部がリーダーシップを発揮できておらず、責任逃れにしか見えない、という意見もあります。
(専門家会議への責任追及はお門違い:橋本宗明・日経ビジネス編集委員)
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00108/00076/
専門家会議は医療関係者しかいませんが、別の組織である「基本的対処方針等諮問委員会」(いわゆる諮問委員会)には、5月12日に経済の専門家4人が加わったようです。
(政府、コロナ諮問委に経済学者を追加へ:朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASN5D41XYN5DUTFK003.html
諮問委員会は、2012年に医療関係者のほか経済界、マスコミ、労働組合等のメンバーで設立された「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下部組織で、医療関係のメンバーは専門家会議とかぶっています。
(専門家会議のメンバー)
https://www.cas.go.jp/jp/influenza/senmonka_konkyo.pdf
(諮問委員会のメンバー)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/simon/kousei.pdf
専門家有志の会が作成した組織関係図がありますが、両組織の役割分担はわかりにくいですね(専門家会議の副座長の尾身さんは、諮問委員会では委員長です)。
(コロナ専門家有志の会)https://note.stopcovid19.jp/
政治家が無責任なのか、専門家が前のめりなのかわかりませんが、いずれにしても、最終判断は政治家が責任を持つべきで、専門家は政治的なところになるべく足をつっこまず、プロとして科学的な知見を提供することに徹したほうがよい気がします。
決定過程も含めた検証を
もちろん、専門家が常に正しいとは限りませんし、なにより、専門家の話を聞いた政治家が正しく判断できるのか、という根本的な問題もあります。
政治家の判断という点でいえば、習近平国家主席の訪日やオリンピック開催が、政府の対応に影響を与えたように見えましたし、今後の政局を見据えた首長のアピールの場になっている感もあります。政治家の判断には、いろいろな雑味が混ざることはあると思いますが、そこは国民やメディアがしっかりチェックする必要がありますね。
少なくともアジアでは、新型コロナ騒動は収束に向かいつつあります。今後、新型コロナ対策の検証が行われていくと思いますが、その際には、対策の効果だけでなく、対策の決定過程の妥当性についても、きちんと検証されることを期待します。